スノーピークビジネスソリューションズ代表の坂田です。
このコラムでは、私たちの会社が大切にしている価値観や目指す未来について、みなさまにお伝えしていきたいと考えています。
読み手のみなさんにとって、新たな「気づき」となり、日々の暮らしや働き方がよりイキイキとワクワクするものになれば幸いです。
スノーピークビジネスソリューションズ代表の坂田です。
このコラムでは、私たちの会社が大切にしている価値観や目指す未来について、みなさまにお伝えしていきたいと考えています。
読み手のみなさんにとって、新たな「気づき」となり、日々の暮らしや働き方がよりイキイキとワクワクするものになれば幸いです。
「過去1か月に、見知らぬ人を助けましたか」という質問を世界各国で調査している指標があります。CAF(イギリス発祥の国際的非営利組織)のWorld Giving Indexです。2024年の調査結果は、シンガポールは総合3位、「見知らぬ人を助けた」と答えた人は75%でした。一方、日本は総合141位で、見知らぬ人を助けた人は24%でした(参考文献【1】)。
初期の調査では両国とも比較的低い順位に位置していましたが、その後シンガポールは大きく順位を伸ばした一方、日本は低い順位帯にとどまり、2024年には142か国中141位となっています。 OECDも、2000年代後半以降、シンガポールでは見知らぬ人への援助行動が大きく伸びた一方、日本はアジア太平洋地域でも低い水準にあるとしています(参考文献【2】)。
ただ、この数字だけを見て「日本人は人に冷たくなった」と即座に考えるべきではないと思います。日本では交通、行政、物流などのインフラが高度に整い、誰かに助けを求めなくても生活できる場面が増えました。また、人助けを「慈善活動」と認識する文化と、「当たり前のこと」と捉える文化では回答の仕方も違うかもしれません。
大切なのは順位そのものより、人が人を必要とする場面自体が、便利さの中で減っているのではないかという点です。
買い物はスマートフォンで終わり、友人との会話もチャットで済みます。防犯上の理由から、引っ越しても近隣への挨拶をしないで欲しいと仲介の不動産会社から言われるケースもあると知って驚きました。
暮らしは安全で効率的になりましたが、「知らない人に声をかける」「少し手を借りる」「雑談から相手を知る」といった小さな接点は減っていきます。心理学では、親しい友人や家族だけでなく、顔見知り程度の「弱いつながり」と接することも、幸福感や所属感と関係することが示されています(参考文献【3】)。
私は、便利なツールは、ともすると結果だけを残してプロセスを奪うと思っています。注文できた、伝達できた、オンラインで会議が終わった、それ自体は効率的だと思います。
ただ、その途中にあった偶然の会話や、「ちょっと手伝って」というやり取りまで消してしまうと、人との関係をつくる機会も一緒に失われます。
チャットが普及した頃、「すぐそこにいるのにチャットで話している」という話をよく耳にしました。もちろん、チャットやオンライン会議は素晴らしい道具です。問題は、それだけで済ませてしまうと、難しいプロジェクトや課題に一緒に取り組む関係性は作れないということです。
MITの研究では、職場での物理的な近さや、人が行き交う動線がコミュニケーションと関係することが示されています(参考文献【4】)。また、バーチャルチームの研究では、オンラインだけでも信頼は形成できる一方、その信頼は脆弱になりやすいことが指摘されています(参考文献【5】)。
顔を知り、声を聞き、一度一緒に何かをやった相手なら、その後の短いチャットでも文脈を補って読むことができます。逆に、相手をほとんど知らなければ、同じ一文でも疑念が生まれやすい。
デジタルは関係性を維持することには強い一方、
関係性をつくる場面ではリアルな接触を意識的に組み合わせる必要があると思います。
だからこそ、「もっと会話しましょう」と呼びかけるだけでは足りません。固定席を設けず柔軟に働くフリーアドレスや仕事内容に応じて働く場所を選ぶABW(Activity Based Working)、共有ラウンジ、部署を越えて人が交わる動線など、偶然の接触が生まれる環境をつくることが重要です。
私たちが行うアウトドア研修でも、タープを張る、机や椅子を運ぶ、火を起こすといった準備をあえて参加者自身に行ってもらいます。一見すると非効率です。しかし、その非効率の中に「これ持ちますよ」「次はどうしますか」という自然な会話が生まれます。
オフィスの空間をキャンプギアで設えることも同じです。自然を感じる空間やキャンプギアをオフィス家具として置くこと自体が目的ではありません。
人がリラックスし、どこかワクワクしながら顔を合わせ、話しかけたくなる環境をつくることが本質だと考えています。
シンガポールでは、寄付への税制優遇や企業のボランティア活動を後押しする制度など、社会として「人が人を支える行動」が起こりやすい仕組みが整えられてきました(参考文献【6】)。個人の善意だけに任せず、行動が起こりやすい環境をつくっている点は、企業経営にも示唆があると思います。
これからAIやデジタル技術がさらに発達すれば、私たちはもっと少ない会話で仕事を進められるようになります。だからこそ経営側は、効率化によって何が消えたのかを見なければなりません。
掃除でも、食事でも、アウトドアの環境でも良いと思います。少し面倒でも、人と一緒に何かをするプロセスを残す。
効率化するものと、人間のためにあえて残すものを分けること。それがこれからの組織づくりでは重要になると思います。
便利さを否定するものでもなく、手放すものでもなく、便利さを享受しながら、その裏側で失われやすい人との紐帯を、意図してつくり直すバランスをみた中和作業が必要です。
そんな「人間中心の環境設計」が、これからの組織コミュニケーションの土台になるのではないでしょうか。
【1】Charities Aid Foundation(2024), World Giving Index 2024.
世界142か国を対象に、過去1か月の「見知らぬ人への援助」「寄付」「ボランティア」を調査。シンガポールは総合3位、日本は141位。見知らぬ人を助けた割合はシンガポール75%、日本24%。
【2】OECD(2025), Society at a Glance: Asia/Pacific 2025, “Solidarity”.
Gallup World Pollをもとにアジア太平洋地域の援助行動を比較。過去約10年間でシンガポールは見知らぬ人への援助行動が大きく伸びた国の一つで、日本は低水準にあることを示している。
【3】Sandstrom, G. M. & Dunn, E. W.(2014), “Social Interactions and Well-Being: The Surprising Power of Weak Ties,” Personality and Social Psychology Bulletin, 40(7), 910–922. DOI: 10.1177/0146167214529799.
親しい人だけでなく、知人や顔見知りといった「弱いつながり」との日常的な交流も幸福感や所属感に関連することを示した研究。
【4】Sevtsuk, A., Chancey, B., Basu, R. & Mazzarello, M.(2022), “Spatial structure of workplace and communication between colleagues: A study of E-mail exchange and spatial relatedness on the MIT campus,” Social Networks, 70, 295–305. DOI: 10.1016/j.socnet.2022.03.001.
オフィス間の距離や歩行動線、共用施設など、空間的な近接性と職場内コミュニケーションとの関係を分析した研究。
【5】Jarvenpaa, S. L. & Leidner, D. E.(1999), “Communication and Trust in Global Virtual Teams,” Organization Science, 10(6), 791–815.
オンラインを中心とするバーチャルチームでも信頼は形成される一方、その信頼が脆弱で一時的になり得ることを指摘した研究。
【6】Singapore Ministry of Finance, “Personal Income Tax”; Inland Revenue Authority of Singapore, “Corporate Volunteer Scheme”.
シンガポールでは一定の寄付に250%の税控除を認めるほか、企業が従業員をボランティア活動に派遣した際の対象費用にも税制上の優遇を設けている。