テクノロジーが進化するほど、私たちは多くの「答え」を手にできるようになります。
しかし、「何を目指すのか」「何を大切にするのか」という問いに答えるのは、今も変わらず人間です。
本コラムでは、経験学習や自然体験を手がかりに、これからの組織づくりと人材育成のあり方を考察します。
テクノロジーが進化するほど、私たちは多くの「答え」を手にできるようになります。
しかし、「何を目指すのか」「何を大切にするのか」という問いに答えるのは、今も変わらず人間です。
本コラムでは、経験学習や自然体験を手がかりに、これからの組織づくりと人材育成のあり方を考察します。
現代はこれまで以上に、「自分で考え、判断し、行動する力」が求められる時代になってきていると思います。
少し長い時間軸で社会を見ると、かつて当然とされた価値観が、後の時代には大きく反転することがあります。
戦前と戦後の日本はその象徴です。戦争を経験したやなせたかしさんも、
時代や立場によって正義が変わってしまうことと向き合いながら、アンパンマンというヒーローを生み出しました(参考文献【1】)。
「誰かを打ち負かすこと」ではなく、空腹の人に自分の顔を差し出す。
そこには、時代が変わっても揺らぎにくい正義とは何かを問い続ける姿勢がありました。
現代においても、形を変えながら同じようなことが起きています。
働き方、家族観、キャリア観、組織のあり方。昨日までの常識が、明日の正解とは限りません。
だからこそ、社会から与えられた正解に従うのではなく、「自分はなぜそう考えるのか」を問い続ける力が必要になっています。
産業革命以降、人間は「できること」を驚くほどの速度で増やしてきました。蒸気機関、電気、自動車、コンピューター、インターネット、そしてAI。技術の進歩によって、私たちの生活や仕事は格段に便利になっています。
一方で、
「人間とは何か」
「豊かさとは何か」
「自由とは何か」
「幸福とは何か」
といった問いについては、科学技術のように一直線に進歩してきたわけではありません。
17〜18世紀の近代哲学では、デカルトやロック、ルソー、カントなどによって、それまでの神や身分秩序を中心とした世界観から、理性を持った一人ひとりの人間を中心に社会や世界を考える方向へ、大きな転換が起こりました。
もちろん、その後もニーチェやマルクス、フロイトをはじめ、多くの思想家が近代的な人間観を問い直してきました。ですから、哲学や人間観そのものが止まっているわけではありません。
ただ、私が感じるのは、哲学や人間観についての議論よりも、産業・市場・テクノロジーの進歩の方が、圧倒的な速度と規模で社会に実装されてきたのではないかということです。
その結果、私たちは、
「できるかどうか」
「効率的かどうか」
「儲かるかどうか」
については非常に高度に議論できるようになってきています。
一方で、
「それを本当にやるべきなのか」
「それによって人は豊かになるのか」
「どんな社会をつくりたいのか」
という問いについて考える時間は、相対的に少なくなっているように感じます。
経済合理性や生産性はとても大切です。ただ、効率化は目的ではなく、より良く生きるための手段のはずです。AIによって仕事がさらに効率化され、自由に使える時間が増えていけば、その時間を何に使うのかという問いは、むしろ重くなります。
AIは「どうすればできるか」について、多くの答えを提示してくれます。しかし、「何を目指すべきか」「何を大切にするのか」までAIに委ねるわけにはいきません。答えが手に入りやすくなるほど、人間には問いを立て、意味を考え、選択する力が求められると思います。
その力はどう育てていけば良いでしょうか。経験学習研究で知られるデービッド・コルブは、学習を単なる知識の獲得ではなく、経験を振り返り、意味づけし、次の行動につなげていくプロセスとして捉えています(参考文献【2】)。
つまり、人は説明を聞くだけでなく、体験し、立ち止まって振り返り、
自分の中に問いを持つことで学びを深めていくということです。
自然の中で行う研修の大きな価値がここにあると考えています。普段の会議室や役職関係から少し離れ、火を起こす、タープを張る、仲間と食事をつくる。思い通りにならない環境の中では、その人の考え方や関わり方が自然と表れます。
スノーピークビジネスソリューションズのアウトドア研修でも、体験そのものを目的にはしていません。
体験を通じて自分たちの関係性や行動を振り返り、日常の仕事へ持ち帰るところまでを設計することを大切にしています。
ただ、「自分で考えよう」と言うだけでは、人はなかなか考え始めません。
違和感や疑問を安心して口にできなければ、問いそのものが組織の中に現れません。
だからこそ、これからの組織づくりでは制度や研修だけでなく、
考えたくなる環境、話したくなる関係性、立ち止まれる余白をつくることが重要だと思います。
私たちがキャンピングオフィスで目指しているのも、単にオフィスをおしゃれにすることではありません。
自然を感じる空間や、偶発的な会話が生まれる場を通じて、働く人同士の関係性や思考の質を変えていくことです。
環境が変われば、会話が変わる。会話が変われば、問いも変わる。そのような変化を私たちは数多く見てきました。
これからAIはさらに進化し、私たちが答えを出すまでの時間を短くしていくと思います。だからこそ企業が育てるべきなのは、
単に正解を早く出せる人ではなく、「そもそも何を正解とするのか」を自分たちで考えられる人ではないかと思います。
そのためには、知識を与えるだけでは足りず、日常から少し離れる体験、人と対話する時間、自分を振り返る余白、
そして問いを持ち帰る機会が必要です。
便利になることと、豊かになることは同じではありません。
便利さによって生まれた時間を、私たちが何に使うのか。その選択の積み重ねが、これからの社会の豊かさにつながります。
テクノロジーが「できること」を広げる時代だからこそ、人間は「何のために」を考える。
そのための問いと体験を増やしていくことが、これからの組織づくりにとってますます重要になると思います。
【1】やなせたかし『アンパンマンの遺書』岩波書店、1995年。
やなせたかし氏が自身の人生やアンパンマン誕生の背景を振り返った自伝。
【2】Kolb, D. A. Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development. Prentice-Hall, 1984.
経験そのものだけではなく、経験を振り返り、概念化し、次の行動へつなげる循環によって学習が深まるという経験学習理論。